杏 – あんず – apricot

杏(あんず)の特徴

バラ科 (英)apricot (別名)唐桃(からもも)

あんずは古来、食用というよりも薬用として用いられてきた期間の方が長い果実です。そのため、いろいろな効能が認められています。医療に関係する名前に杏の名を冠したものが多いのもそれに関係しています。

梅の親戚、初果の味

梅に似たさわやかな甘酸っぱさと独特の芳香はまさに初夏ならではの味です。
植物的にも梅に近く、梅との雑種もあります。果実は梅よりやや大きく、赤みのある黄色をしています。果汁は少なく、軟化しやすいので生で食べるよりも多くはジャム、缶詰、乾果など加工品として利用されます。

種子の核のことは杏仁(きょうにん)と呼ばれ、漢方では喘息(ぜんそく)や咳止めの治療に使われます。

主産地は長野

日本では80%を長野で生産されるほか、福島、青森、山梨、山形などの東北各県で栽培されています。

特に長野県更埴(こうしょく)市は「あんずの里」として有名です。

杏(あんず)の旬

旬は梅雨どき

梅雨の前後が出まわり時期で、旬は6中旬から7月中旬です。

杏(あんず)の種類

日本産は加工用、外国産は生食も

日本で栽培されているのは主として東亜系のもので、多くは酸みが強く生食には適しません。主に加工用として栽培されています。「平和号」「新潟大実」などの純粋品種のほか、「清水号」「小杏」など梅との雑種もあります。

一方、世界の主産地であるアメリカ・カリフォルニアや地中海の一部で栽培されている品種は欧州系のもので、多くは生食も可能です。

杏(あんず)の品種

平和号(へいわごう)

日本のあんずの代表品種です。4月中旬に淡紅色の花をつけ、6月下旬から7月上旬に熟します。40g程度の長球形で、果皮は淡い黄緑色をしています。果肉は種と離れやすく、繊維のきめが細やかで鮮やかな橙黄色をしています。酸みと香りがほどよく、品質は優れています。加工品にしたときの歩留まりが高く、ジャム・シロップ漬け等に最適です。

新潟大実(にいがたおおみ)

開花は4月中旬で、7月中旬頃に熟します。果実は50g前後の球形で大きさはやや不ぞろいです。果肉は橙黄色で肉質は緻密です。酸みがやや強く、ジャム・シロップ漬けのほか干しあんずにも適しています。

山形3号(やまがたさんごう)

開花は4月中旬で「平和号」より若干遅く花を開きます。花粉量が多く受粉樹としても適しています。果実は6月下旬から7月下旬に熟し、40g程度の偏球形で、果皮は橙黄色をしています。果肉はわずかに淡い色で、酸味が強く、干しアンズに適しています。

信山丸(しんざんまる)

開花は4月中旬で、7月初旬から7月下旬に熟します。果実は30g程度の楕円形で、果皮は赤橙色です。果肉はややち密で「山形3号」「平和」よりも赤味の強い橙色をしています。酸味が多く、シロップ漬などの加工に適しますが、完熟すると生食も可能です。

幸福丸(こうふくまる)

アジア系と欧州系の混植果樹園で自然交雑により生まれた偶発種です。開花は4月下旬で、6月下旬頃に熟します。果実は60~70gの卵型で、果皮の色は赤橙色です。果肉は橙色で繊維はやや少なく肉質はやや粗です。欧州あんずの特性を持ち、甘味がかなり多く酸味は少ないため加工用のほか生食にも適しています。

杏(あんず)の加工品

杏仁豆腐(あんにんとうふ) (別名)仁豆腐(しんれんとうふ)、きょうにんどうふ

杏子の種子の核である杏仁(きょうにん)をすりつぶしたものや、杏仁から杏仁油を抽出したかすを粉末にした杏仁霜(杏仁パウダー)に、寒天かゼラチンと砂糖を加えて作られる中国料理の定番デザートです。(一般には杏仁の代わりに牛乳やエバミルクを使用して作られたものを杏仁豆腐と称することが多いようです)

杏(あんず)の選び方

加工用には固めのもの、生食には完熟したものを

ジャムやシロップ漬けなどの加工用としては少し固めで張りがあるものを、生食用には完熟して赤みの濃いものを選びます。いずれも香りが良く、果皮につやがあるものが良品です。

傷みやすいので、果皮がいたんでいないか注意してください。

干しあんずはよく乾燥しているものを選びましょう。

杏(あんず)の調理法

あんずの食べ方

日本では生食に適したものを手に入れにくいので、多くはシロップ漬けやジャム、ピューレなどにします。爽やかな酸みに甘みが加わることで素材の持ち味がより生かされます。

また果実酒にもよく利用され、あんず酒は薬用酒としての効果もあります。

干しあんずはそのまま蜜豆に入れたり製菓材料としてもおいしいのですが、もどして甘煮にも利用できます。

あんずジャム

【材料】
熟れたあんず1kg、砂糖500~800g

【手順】
(1)あんずをよく洗ってふきんで水気をふきとり、半分に割って種を取り除きます。
(2)割ったあんずをざく切りにします。
(3)ほうろう鍋に切ったあんずと砂糖を半量入れしっとりするまでおいておきます。
(4)よく混ぜて強火で加熱します。
(5)泡がでてきたら残りの砂糖を入れ弱火にします。
(6)あくを取り除きながら焦げないように静かに混ぜて20~30分煮こみます。

あんず酒

【材料】
あんず(熟しかけた黄色くて固めのもの)1kg、氷砂糖400g、ホワイトリカー1.8リットル(焼酎やウイスキー、ブランデーなどでも代用できます)

【容器】
金属製のものは酸で錆びるので、ガラスやほうろうなどの容器を使用します。
使用する前に熱湯消毒して、水分をきれいにふき取っておきます。

【手順】
(1)あんずをていねいに洗い、水気をきって清潔なふきんなどで水気をふき取ります。水気が残っていると、カビる原因になります。
(2)容器にあんずと氷砂糖を交互に入れていきます。
(3)ホワイトリカーを注いで密閉します。
(4)冷暗所で保管します。ときどき容器をゆすって氷砂糖を溶かします。

1ヵ月後から飲めますが、1年以上置いたほうがこくがでてまろやかになります。実は入れたままでも良いですが、雑味が出ることがあるので、3~6ヵ月ぐらいで取り除いた方が良いでしょう。取り除いた実はそのままお茶請けにするか、つぶして砂糖と煮つめてジャムにするとおいしいです。

杏(あんず)の保存

調理して保存

生のあんずは非常に日保ちが悪いので保存に適しません。ジャムやシロップ漬け、あんず酒などに調理して保存するようにします。

干しあんずはよく乾燥しているものを選び、冷蔵庫で保存します。

杏(あんず)の栄養・効能

あんずの成分

あんずの持つ甘みはブドウ糖や果糖などの糖類、酸味はクエン酸、リンゴ酸、酒石酸などの有機酸です。ビタミン類では特にカロチンの含有率が多いのが特徴で、果実の中ではずば抜けています。ほかにビタミンB1、Cなど、またミネラルではリン、鉄を多く含ンんでいます。

食欲増進・疲労回復に

主成分の有機酸は、体内で糖質の代謝を高めるはたらきがあり、疲労回復、夏バテ防止に効果があります。こうした有機酸は胃液の分泌を促進して消化を助け、食欲を増進させます。また、有機酸は鉄分の吸収をよくするはたらきもあり、特に鉄分の多い干しあんずを常食することは貧血対策にも効果があります。

老化・ガン予防等に

多量に含まれているカロチンには抗酸化作用が認められており、がんや老化の予防に効果があります。パキスタンのフンザ村は高齢者が多いことで知られていますが、その一因に大量の干しあんずと杏仁油を常食していることがあげられています。

咳止めに

あんずには、痰をきり、咳を鎮めてのどの痛みをおさえるという効能があります。また体内の水分を調節するはたらきもあるので、のどの渇きやむくみも解消します。あんず酒にするとより効果があらわれます。
これらの効能は、果肉よりも種の中にある杏仁(きょうにん)に含まれるアミグダリンという成分の方がより顕著で、漢方では古くから苦杏仁(くきょうにん)として咳止めなどの生薬として用いられています。

からだを温める

古くからあんずはからだをあたためて、冷え性に効果があることが知られています。あんず酒を毎日就寝前に杯一杯飲めば、がんこな冷え性も改善されます。

注意すること

あんずの種の核には、梅と同じように青酸(せいさん)が含まれているので、種の中身の生食は絶対にしないでください。また、あんずを多食するとできものができることがあります。干しあんずを常食する場合は1日2~3個位にしておきましょう。

杏(あんず)の歴史

原産地は中国

あんずの原産地は中国の山東省・山西省・河北省の山岳地帯から東北区南部と言われており、紀元前3000~2000年ごろからすでに栽培されていたようです。学名は「Prunus armeniaca(アルメニアのプラム)」といいますが、これは植物学者のリンネが原産地をアルメニアと間違えて名づけてしまったためです。

ヨーロッパで改良されてアメリカへ

中国から中央アジアを経て、ヨーロッパにはアレキサンダー大王の遠征により紀元前1世紀に持ちかえられたと言われています。その後品種改良が進められて、14世紀にイギリス、18世紀にはアメリカへ伝えられました。今ではカリフォルニアが世界的な産地になっています。

日本には平安時代以前に伝わる

日本には梅とともに古くに中国から伝えられ、平安時代の文献である「本草和名」(918年)などに「からもも」という呼び名で記されています。

漢方薬としては古くから利用されていたあんずですが、食用としての利用の歴史は浅く、江戸時代の文化年間(1804~)の頃に江戸で「杏干」として販売されるのが最初だそうです。

杏(あんず)の豆知識

杏仁(きょうじん)・杏林(きょうりん)の故事

中国・呉の董奉(とうほう)という仁医は、貧乏人からは代金を受けとらず、財力のある患者から診療代のかわりにあんずの株を植えさせました。やがて医者の家の回りはあんずの林ができ、医者はあんずの種子を薬として使用したそうです。この故事からあんずの種の核のことを「杏仁(きょうじん)」、また医者の尊称を「杏林(きょうりん)」と呼ぶようになったとのことです。